ヨーロッパの歴史風景 近世編




西暦1747年、後にドイツ帝国の母体となるプロシア王国において、フリードリヒ2世の夏の離宮サン・スーシ宮殿が完成した。


19世紀後半に成立したドイツ帝国。その母体となったのがプロシア王国だけど、そのプロシア王国の飛躍の原動力になったのが、18世紀のプロシア王フリードリヒ2世(あるいはフリードリヒ大王)かな。

フリードリヒ2世(大王)の夏の離宮 サン・スーシ宮殿

旧東ドイツの街ポツダムの郊外にあるサン・スーシ宮殿 18世紀のプロシア王国の英雄フリードリヒ2世(大王)が、1747年に完成させたのが、右の画像にあるサン・スーシ宮殿なんだ。

プロシアのヴェルサイユ宮殿と称されるだけのことはあって外観も美しい。もちろん、内部も見ごたえがあるんだけど、残念ながらカメラの使用が禁止されていて、内部の様子を御紹介することが出来ないんだけどね。

憂い多き王の「憂い無き宮殿」

「サン・スーシ宮殿」の名の意味するところは、「憂い無き宮殿」なんだそうな。しかし、フリードリヒ2世(大王)は憂い多き王だったみたい。

フリードリヒ2世は、プロシア王に即位してからオーストリア継承戦争や七年戦争など、戦争ばかりしていたからね。しかも、彼は人類を「呪われた存在」だと考えていたんだって。

旧東ドイツの街ポツダムの郊外にあるサン・スーシ宮殿の庭




フランスの哲学者ヴォルテールに片思い

そんなフリードリヒ2世の夢は、この宮殿にフランスの哲学者ヴォルテールを招くことだった。宮殿の中には、ヴォルテールのための部屋も用意してあったんだ。

でも、ヴォルテールは来なかった。そりゃねえ、戦争ばかりしているわ、人類のことを「呪われた存在」だと考えているわ、つきあい易い王様には思えないもんね。

但し、フリードリヒ2世は国民からは「フリッツ」の愛称で親しまれていたらしい。それなりに人気はあったみたいだね。

余談なんだけど、フリードリヒ大王は古代ローマに憧れていたんだそうな。だから、このサン・スーシ宮殿の近くには、イタリアの首都ローマにあるフォロ・ロマーノのような古代ローマ遺跡を模したものも作られているんだよ。

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