ヴァイキングによるキリスト教修道院の破壊今のイタリアの首都ローマから発してヨーロッパと地中海に覇権を確立した古代ローマ帝国は、イングランド北部の街ヨークをも支配下に置いていた。当時はエボラクムという名で呼ばれていたイングランド北部の街ヨーク。時代は移ってアングロ・サクソン時代、ヨーク付近に多くの修道院が設立されるほどにキリスト教信仰の盛んな街だった。ところが、8世紀にはヴァイキングの一派であるデーン人がヨーク付近を支配。独自の宗教を信仰していたヴァイキングたちは、キリスト教の修道院や教会を略奪し、破壊してしまったんだ。 ノルマン貴族たちの信仰心と大聖堂建設その後、1066年にイングランド王となったウィリアム1世は、臣従を拒んでいたヨーク近辺のヴァイキング系貴族を打ち破り、彼らの土地をノルマン系の貴族たちに分け与えた。デーン系貴族たちと同じくヴァイキングの血を引きながらも、長くフランス北部ノルマンディに住んでいたノルマン系貴族たちはキリスト教に対する信仰心が篤く、ヨークにおけるキリスト教会も復興し始めたわけだ。 そして西暦1220年、ヨーク大聖堂(ミンスター)の建設が始まった。完成まで250年かかったというこの大聖堂は、イングランドでも最大のゴシック建築なんだ。(下の画像)
余談ながら、上の画像に写っている石柱は、ヨークがエボラクムと呼ばれていた古代ローマ時代のものなんだって。 ヨーク大聖堂の内部下の画像は、ヨーク大聖堂(あるいは、ヨーク・ミンスター)の内部の様子。スクリーンに15人の人物像が見えるけれども、征服王ウィリアム1世からヘンリー6世までのイングランドの君主の像なんだ。
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ヨーク大司教とカンタベリー大司教余談ながら、ヨーク大聖堂に聖座を持つヨーク大司教は、「イングランドの司教の首座」にあるんだそうな。対して、カンタベリー大司教は、「全イングランドの司教の首座」にあるらしい。 要はどちらが上位にあるのかよくわからないけれども、「全」が付くだけにカンタベリー大司教のほうがちょっとだけ上にあるのかなあ。 関連書籍参考になる・・・かもしれない本を探してみました。
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