ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1238年、グラナダの街(スペイン)で、アルハンブラ宮殿の建設が始まった。


シェラ・ネバダ山脈とグラナダ

スペイン南部のアンダルシア地方にそびえるシェラ・ネバダ山脈。その山すそにあるグラナダとその周囲に広がる地域は、乾燥したアンダルシアでも豊かな地方だったんだ。

そのあたりでは、オリーヴ、ブドウ、桃、サフラン、リンゴ、小麦などが栽培されていたらしいよ。しかも、養蚕も盛んで、絹の生産も行われていたんだそうな。

そんなグラナダを中心とする地域が、イベリア半島最後のイスラム王国となったナスル朝グラナダ王国の領土だったんだね。

ナスル朝とアルハンブラ宮殿(グラナダ、スペイン)

イベリア半島最後のイスラム国家となったナスル朝(あるいはアフマル朝)が成立したのは、西暦1230年(あるいは西暦1232年)のことだった。その後、ナスル朝(アフマル朝)は西暦1235年に、グラナダの街を占領したんだ。

アルハンブラ宮殿のライオンの中庭(グラナダ、スペイン) そして、西暦1238年、ナスル朝はその首都をグラナダに移し、ここにナスル朝グラナダ王国が成立したわけだ。

同じ年、ナスル朝の創始者でもあるムハンマド・イブン・ユースフ・イブン・ナスル・イブヌル・アフマルは、...(名前を書くのに疲れた。以下「ムハンマド1世」)...ムハンマド1世は、グラナダの赤い丘の上にアルハンブラ宮殿の建設を始めたわけだ。(右の画像は、アルハンブラ宮殿内にあるライオンの中庭。)

ムデハル様式のアルハンブラ宮殿

「アフリカはピレネーから始まる」とナポレオンが言ったとか言わないとか。つまり、ピレネーの南のスペインはヨーロッパじゃないということかな。

アルハンブラ宮殿のアセキアの中庭(グラナダ、スペイン) その言葉の背景にあるのは、スペインに色濃く残るアラブ・イスラム風の要素なんだろうね。そんなアラブ・イスラム趣味を取り入れたものがムデハル様式。

そのムデハル様式の代表的な建築物が、グラナダのアルハンブラ宮殿だよね。(右の画像は、アルハンブラ宮殿の「アセキアの中庭」あるいは「ヘネラリーフェの中庭」。)

余談ながら、このアルハンブラ宮殿の中にパラドール(スペイン国営の宿泊施設)があるらしい。機会があれば泊まってみたいもんだよねえ。

【参考】都市別ツアー検索





250年以上も続いたナスル朝グラナダ王国

華麗なアルハンブラ宮殿を造営したナスル朝グラナダ王国。この小さな王国は、250年以上も存続したんだ。既に広大な領土を持っていたカスティリアやアラゴンに対して、これだけ長い間持ちこた得ることが出来たのは、次の要因があったからだといわれている。

  • キリスト教諸国に占領されたイベリア半島各地から、多くのイスラム教徒がグラナダ王国に移住してきたことにより、ナスル朝の経済力・軍事力が支えられた。

  • 守りの容易な山間部に領土を持ち、しかも人的資源に見合った比較的に小さな範囲の防衛に徹した。

  • キリスト教諸国の争いを利用し、あるいはキリスト教諸国内での王や貴族の対立に乗じた。

  • 小規模のグラナダ王国内にはキリスト教徒が少なく、王国内の結束を固めることが出来た。


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