ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1417年、百年戦争下のフランスにおいて、ブルゴーニュ公ジャン無畏公がイングランド王ヘンリー5世と秘密協定を結んだ。


ブルゴーニュ公ジャン無畏公と
アルマニャック派の抗争によるフランスの内乱

西暦1407年にブルゴーニュ公ジャン無畏公の命によってオルレアン公ルイが暗殺されて後、ブルゴーニュ公ジャン無畏公(サン・プールあるいは無怖公)とオルレアン派との抗争が激化。しかし、オルレアン公未亡人ヴァレンティナ・ヴィスコンティが亡くなり指導者を失ったオルレアン派は、ブルゴーニュ派との和解を余儀なくされていたんだ。

ところが暗殺されたルイの後継者オルレアン公シャルルは、最初の妻を亡くした後にボンヌ・ダルマニャックと再婚。ボンヌの父はフランス南部に勢力を誇るアルマニャック伯ルナール7世だった。しかも、ボンヌの母は先王シャルル5世賢王の弟ベリー公ジャンの娘だった。

こうしてオルレアン公シャルルの周囲に新たなグループが形成され、アルマニャック派として結束を固めることとなり、このアルマニャック派とブルゴーニュ派との間に再び抗争が激化することとなった。

各地で両派が戦火を交え、特にフランスの首都パリは両派の争奪戦の的となってしまった。(下の画像はフランスの首都パリの中心シテ島の夕暮れ。)

夕暮れのシテ島(パリ、フランス)

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イングランド王ヘンリー5世の攻勢
- アジャンクールの戦い

そんな混乱するフランスは、イングランドとの間で長く続いている百年戦争の渦中にあった。対岸の混乱を見たイングランド王ヘンリー5世はノルマンディに上陸し、百年戦争が再発したわけだ。

フランスとしてはアルマニャック派とブルゴーニュ派の連携の下にイングランドと戦いたいところだよね。ところが、アルマニャック派はブルゴーニュ派の支援を求めず、他方のブルゴーニュ公ジャン無畏公(サン・プールあるいは無怖公)もイングランド戦に参加しなかった。

フランスでも有数の力を持つブルゴーニュの兵力が参加せず、しかもイングランド軍の戦術はフランス軍よりも優れていた。その結果が、西暦1415年10月のアジャンクールの戦いだった。結果はフランス軍の惨敗。多くの将兵が死傷し、あるいはイングランドの捕虜となったんだ。

大勝に勢いを得たイングランド軍は攻勢をかける。ノルマンディの要衝であるカン城もイングランド軍に奪われてしまった。(下の画像は、フランス北部ノルマンディの要衝カン城。イングランドを征服したノルマンディ公ウィリアムが築いた城なんだ。)

イングランド征服王・ノルマンディー公ウィリアムがノルマンディーに築いたカン城(パリ、フランス)

ノルマンディで孤立無援のモン・サン・ミシェル

こうしてフランス北部ノルマンディはほぼイングランド軍の手中に落ちてしまった。抵抗を続けていたのは、ノルマンディとブルターニュとの境界にあるモン・サン・ミシェルだけだった。(下の画像は、フランスの誇る世界遺産モン・サン・ミシェルの遠望。)

フランスの誇る世界遺産 モン・サン・ミシェル

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ブルゴーニュ公ジャン・サン・プール無畏公と
イングランド王ヘンリー5世との間の秘密協定

フランス内部はブルゴーニュ派とアルマニャック派とに二分され、他方ではイングランド王ヘンリー5世は益々攻勢を強めている。

更にフランスに追い討ちをかけるように、西暦1417年にはブルゴーニュ公ジャン・サン・プール(無畏公あるいは無怖公)がイングランド王ヘンリー5世と秘密協定を結んだ。その協定においては、イングランド王ヘンリー5世とその子孫をフランスの支配者と認めていたらしい。

ブルゴーニュ派との秘密の協力のもとに優勢にことを運ぶイングランド軍。加えてブルゴーニュ派の攻勢も受けて、アルマニャック派を中心とするフランスは劣勢に落ちていった。

ブルゴーニュ公ジャン無畏公暗殺

百年戦争の危機を脱するために、アルマニャック派はブルゴーニュ派との和平を求めざるを得ないよね。西暦1419年7月には、両派の和平交渉を始めることで合意が成立した。

ところが、その結果として行われたブルゴーニュ公ジャン無畏公(サン・プールあるいは無怖公)とアルマニャック派の中心人物となっていた王太子シャルル(後のフランス王シャルル7世)との交渉は決裂。その直後、ブルゴーニュ公ジャンが暗殺された。西暦1419年9月のことだった。

重大な局面での重要人物の暗殺。イングランドとフランスの間の百年戦争、そしてブルゴーニュ派とアルマニャック派との間の内乱は、これから大きな動きを見せていくんだ。



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